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2010-03
100331:エイプリルフールならよかった。
- 2010-03-31 (水)
- Forget-me-not | General
最近、日に日に「春」を感じるようになった。
仕事が18時までなんだけども、終わって社外に出ても、今は真っ暗じゃない。
バスの道すがらに見る桜は今が見頃の満開だ。
「春」はそれだけで心を和ませる。
けれど、今日という日は、酷く心がざわめいた。
ムスコを保育園に預けて、
家事に一息付けてお昼からの仕事に備えるのが、
最近の朝の支度だったのだが、
朝いちでまず開いている量販店に、ムスメの服を買いに出た。
喪に服す為だ。
前日、急に訃報が届いたのだそうだ。
私個人は面識の無い方だけど、ムスメの同級生の親御さんだという。
つまり、私と同じくらいの年代の人が、
同い年の子供を遺してこの世を去ったのだ。
葬儀に参列すべく、準備を進めながら、少しずつ現実化してくる思い。
なんで? どうしてなんだろう?
何も分からない。
私と相方は喪服を、ムスメにも落ち着いた服装をさせて、今日午前の葬儀に出た。
流れだけなら、私も数度の経験があるので多少は分かる。
故人の上司や友人の方が、弔辞を読み、死を悼む。
そこでなんとなく理解した。
ああ、病死でも、事故死でも無いのか・・・
どんどん濃くなっていく、心の中の「思い」。
面識も縁も無いのに、涙が止まらない。
ムスメの同級生だという男の子が、声を詰まらせ泣いている。
そこで泣いている子が、もしムスメやムスコだったら、どんな気持ちになるのだろう。
そして、それ自体は何の前触れもなく、自分にすら襲いかかるかもしれない。
どれだけの恐怖か。
怖い。涙が止まらない。
現実化していたのは、間違いの無い「死」の香りだった。
ふと見ると、ムスメも隣の席でずっと泣いていた。
同じ怖さが伝わってしまったのかもしれないし、ただただ悲しいのかもしれない。
でも、なんだか少しだけほっとした。
帰りの道すがら、
途中の公園の満開の桜に、ムスメは大はしゃぎで走り回っていた。
桜はムスメを埋め尽くすほどに咲いていたのに、どうしても心が晴れない。
そんな自分を満たす「死」の翳りに、ほんのちょっとだけ目を背け、
携帯のカメラを花に向かってかざした。
ご冥福を祈る思いを込めて、空に手を上げ。

この辺りでは、今夜から雨。
最後のお花見日和であったようだ。
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